
始まりは、大型バイクではなかった
1959年、ホンダはAmerican Honda Motorを設立し、アメリカ市場へ本格的に進出します。 当時のアメリカでは、モーターサイクルには荒々しいイメージもありました。 そこでホンダが1963年から展開したのが、 You Meet the Nicest People on a Honda. という広告キャンペーンです。 バイクを一部の愛好家だけの乗り物ではなく、学生や若者、女性など、より幅広い人が楽しめる乗り物として見せました。 ホンダは1963年には、アメリカで最も売れるモーターサイクルブランドとなっています。 日本メーカーの成功は、既存のバイク市場でシェアを奪っただけではありません。 1978年の米国国際貿易委員会(USITC)の資料でも、日本メーカーの進出はアメリカのモーターサイクル市場そのものを拡大した側面が大きかったと分析されています。
次に求められたのは、大きくて速い日本車
小型車で市場を広げた日本メーカーは、やがて大型バイクの世界へ進んでいきます。 その象徴のひとつが、1969年に登場したホンダCB750 FOURです。 4気筒エンジンと油圧ディスクブレーキを備えながら、ホンダの公式開発史によれば、アメリカでの発表価格は1,495ドル。 当時、アメリカで大型バイクが2,800〜4,000ドル程度で販売されていた中で、非常に競争力のある価格でした。 高性能で、新しい。 しかも手が届く価格。 日本製バイクは「安価な小型車」だけの存在ではなくなっていきます。
カワサキZ1が登場する
1972年、カワサキは900 Super Four、Z1を発表します。 903ccのDOHC4気筒エンジンを搭載したZ1は、カワサキをアメリカで広く知られる存在にしたモデルのひとつとなりました。 CB750 FOURの登場後、日本メーカー同士の大型・高性能車をめぐる競争も激しくなっていきます。 ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキ。 後に「Big Four」と呼ばれる日本メーカーが、アメリカ市場で大きな存在になっていった時代です。
日本から輸出するだけではなくなった
1970年代になると、日本メーカーは単に日本で作ったバイクをアメリカへ輸出するだけではなくなります。 カワサキは1974年、ネブラスカ州リンカーンに工場を開設。 1975年1月にはKZ400がラインオフしました。 カワサキによれば、これは日本の二輪・自動車メーカーによるアメリカでの車両生産として初めてのものでした。 そして翌1976年には、同じLincoln工場からKZ900 LTDが誕生します。 カワサキ自身が「最初のJapanese Custom Cruiser」と位置づけるモデルです。 日本メーカーが、アメリカの市場を見ながら、アメリカ向けのバイクを現地で作る。 LTDは、そんな時代を象徴する一台でもあります。
なぜ日本製バイクは成功したのか
理由はひとつではありません。 性能。 競争力のある価格。 幅広いラインアップ。 販売網。 そして、アメリカのライダーが何を求めているのかを調べ、それを商品に反映する姿勢。 1960年代、日本メーカーは新しいライダーを増やしました。 そして1970年代には、大型・高性能バイクの世界でも大きな存在になっていきます。 日本で売れているバイクを、そのままアメリカへ持っていくだけではない。 アメリカで求められるバイクを考え、作る。 それが、日本製バイクがアメリカで成功した大きな理由のひとつでした。
そして、そのバイクたちは今もアメリカに残っている
CB750、Z1、KZ900、KZ1000、LTD。 現在、日本で旧車として愛されている多くのモデルが、当時のアメリカを走っていました。 そして50年近く経った現在も、アメリカのガレージには、当時の日本製バイクが残されています。 かつて日本から海を渡った一台が、長い年月を経て、再び日本へ戻っていく。 逆輸入車には、車両のスペックだけでは語れない、そんな背景があります。 Mile One Garageでは、カリフォルニアと東京を拠点に、一台ずつ状態や背景を確認しながら、心から乗りたいと思える一台を次のオーナーへつないでいます。 時代を超えて愛される一台を、次のオーナーへ。
参考資料
Honda Motor Co., Ltd.「Establishing American Honda Motor Co. / 1959」「The Dream CB750 FOUR / 1969」,
Kawasaki Heavy Industries, Ltd.「1950–1989」,
Kawasaki Motors Corp., U.S.A.「Kawasaki Heritage」,
U.S. International Trade Commission「Motorcycle From Japan」
